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バタバタママのNY日記

夫の転勤のため2人の娘と2回目のNY暮らし。マンハッタンで気楽に過ごした前回と違い、教育問題を抱えて今回はちょっと大変かも・・・。

嵐 part2

 ちょっと離れた所の嵐の事を書いた後、我が家にも激しい雷雨があって、インターネットが使えなくなってしまった。ものすごい雷の時に長女がインターネットをやっていて、「指にビリッと来た」と言っていたので、その時にやられたのかもしれない。

 最近の雷雨でインターネットが使えなくなった地域が多かったせいか、ケーブル会社に電話しても、インターネットに支障が出ている地域の名前を挙げているメッセージが流れるだけで、人間と話をすることすら出来なかった。

 一週間経ってやっとケーブル会社の人と話が出来るようになった。家の地域は既に復旧しているはずなので、インターネットが繋がらないのは我が家のコンピュータに原因があるとのこと。主人が長いこと復旧の仕方を教えてもらって、昨日ようやくインターネットが使えるようになった。

  “暑さのせい”とかで本当に長い間電気がとまっていたQueensの人達に比べればどれだけましかということを考えるとあまり文句も言えないが、E-メールで何とか日本と繋がっている私や子供達にとっては、ストレスのたまる一週間だった。

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 昨日、夜中にすごい嵐があったらしい。私が住んでいる所はそれ程でもなかったのだが、ちょっと離れた地域では激しい嵐だったようだ。朝、子供達を英語の学校まで送って行って初めてそのすごさがわかった。

 ハイウェーを走っていてめずらしく渋滞したので、今日はギリギリになっちゃうかな~なんて思いながら運転していたら、ハイウェーを降りてしばらくたったらまた渋滞。のろのろ走っていくと、いつも通っている片側2車線の道路が途中から全面通行止めになっている。

 とりあえず左に曲がって地図を見ながら山道のような道路を走っていくと、何と、他にも通行止めがたくさんあるではないか。そして、その先をよく見ると大きな木が倒れている。この辺で鈍い私もやっと気がついた。昨日の嵐で木がたくさん倒れていたのだ。その上、停電になってしまっている地域もあって、信号が消えている場所もいくつかあった。

 通行止めになるたびに回り道をしているうちに、どこにいるか全くわからなくなってしまったので、途中で寝ていた長女を起こして助手席に来させ、ナビをしてもらった。あっちこっち迷いながらやっとのことで英語の学校に辿り着いた頃には始業時間を1時間も過ぎていた。つまり、家を出てから1時間40分も経っていた。

 帰ってからニュースを見たら、色々な被害が出ているようだ。木が家に倒れて来た例もあったようだし、色々な地域でまだ停電が続いている。電車も不通になっている所か何箇所かあるようだ。

 自然に囲まれて暮らしているということは、こういうときに影響を受けやすいということだ。倒れた木を全部片付けるのには数日はかかるだろう。この先このような嵐がこないようにと祈るばかりだ。

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自然

 私が住んでいる所の自然はとても豊かだ。とにかく緑の量が多い。庭の木は、東京なら大きな公園に行かないと見られない程の高さだし、どこの家にも大きな芝生の庭がある。うっそうとした森のような場所もあるし、芝生の広~い公園もたくさんある。毎日、森林浴をしているみたいだ。

 次に動物。リスは本当にたくさんいる。最近でこそ暑すぎるのか、あまり見なくなってきたが、私達が来た当初は、庭に常に5,6匹走り回っていてちょっと怖い感じがした位。リスといっても、種類があるらしく、私達の見慣れた薄茶色のリスの他に身体は黒で尻尾は黄土色なんていうのもいる。リスは見ているぶんには可愛いが、狂犬病を持っていることがあるらしい。昔、隣に住んでいた人がリスに噛まれて救急車騒ぎをしたと聞いたので、気をつけなければならない。

 私の知り合いの家の庭にはウサギが住んでいるというし、ごみを荒らすのはラクーンだという話も聞いた。

 鳥も、東京ではまず見られない様な種類が飛んでくる。時々庭に来るカーディナルは、美しい朱色の体をしていて、目の周りだけは黒い。イリノイ州をはじめ、いくつもの州の州鳥になっている。薄いオレンジ色と黒のコンビのオリオールも時々見かける。この2種類の鳥は、メジャーリーグのチームの名前にもなっている。

 こちらに来た当初、泊まっていたホテルの近くの片側2車線の道路を主人が運転していた時、突然目の前を鹿が横切ったことがあった。これには本当にびっくりした。今、私が娘達を送っていっているハイウェーにも“鹿注意”の看板が立っている。でも・・・。鹿が突然出てきたらどうしろって言うの?!出てこない事をひたすら祈るしかない。

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ブロックパーティー

 ブロックパーティーがあった。ブロックパーティーとは、同じブロックに住む人が集まる、近所の人達のパーティーだ。私達が入居したばかりの頃、郵便受けにパーティーのチラシが入っていたので楽しみにしていた。

 前もって大人一人$5と子供一人$2のお金を集めて、そのお金で主催者がバーベキューや飲み物の準備をしてくれ、他の人は当日、オードブルやデザート一品と折りたたみ椅子や机、氷など、自分が持っていける物を分担して持って行く事になっていた。
 
 パーティーの当日。私たちは、ワンタンの皮で作ったサモサと、飲み物を冷やす氷とワインを持って主催者の家に行った。全部で15家族が来た。我が家のすぐ近所で、既に知り合いになっている人もいたが、半分以上の人は初めて会う人達だ。大きく分けて、定年をとっくに過ぎたような年配の人達か、または小学生までの小さな子供のいる家の二つに分かれるようだった。残念ながら我が家の子供達の年齢の子供はほとんどいなかった。

 パーティーに来た人達も初対面の人が多かったようで、あちらこちらで名前を名乗って挨拶を交わす姿が見られた。私達も色々な人達に挨拶した。

 とてもお年を召して一人暮らしをしている人、教師を定年になったばかりの人、私立高校の教師をしている人、投資銀行に勤める人など様々な人がいた。本当に年も仕事も全く違う人達が、ご近所だからということで集まってパーティーをするなんて、日本ではなかなか無いと思った。

 我が家の子供達も食べまくったり、小さい子供の相手をしたり、バトミントンをしたり、適当に楽しんでいたようだ。

 私も色々な人達と話が出来てまあまあ楽しかったけど、やはり自分の限界を感じずにはいられなかった。皆の話を聞いて適当に相槌をうったり、ちょっとした話をすることは出来るけど、皆の興味を引く話をあれこれすることが出来ない。英語の問題ももちろんあるけど、話題を思いつかないということもある。やっぱ、時々家を行き来できるようなお友達を作るのは無理なんだろうな~。

 まあ、一応知り合いになったから、困った時に駆け込むことは出来ると思う。しばらくは、この付かず離れずの関係で満足するしかないかな。

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ハイウェー・デビュー

 私は高速道路というものが苦手で、日本にいる時も旅行に行く時以外は使わなかったし、10年前セントルイスに居た時も極力乗らない様にしていた。

 スピードが怖いわけではない。問題は、一般道から高速に入る時だ。入ってから加速して、本線に合流しなくてはならない。「加速車線が無くなるまでに本線に入れなかったらどうしよう!!」と思うとパニクッてしまい、落ち着いていれば見られるものも見えなくなってしまう気がするのだ。

 ところが、子供達が夏に通う英語の学校はとても遠いところにあって、一般道だけで行くためには駅前の商店街から山道のような所まで、色々な道をエッチラオッチラ40分くらい走らなければならない。これじゃあどっちが危険かわからない。それに、一度主人にハイウェーで連れて行ってもらったら、行きは入った車線がそのまま本線になってしまうため、車線変更の必要が無いようだった。「これならば私でも・・・」とハイウェーにチャレンジすることにした。

 ハイウェーデビューの日。何と大雨。前が良く見えない!!その上、何と、入った車線がそのまま本線になる筈だったのに、その前に合流があって、車線を変更しなければ出口になってしまう!パニクってしまった私は、ハイウェーの本線と出口の分かれ道にある白い斜線の中に止まってしまった。

“情けない!!” 本線にいた車が入れてくれたので何とか入れたが、もし入れてくれなかったら永遠にそこにいたカモ・・・!

 何とか気を取り直してハイウェーを運転したが、雨がジャンジャン降っていて視界が非常に悪く、最悪だった。全身ガチガチになりながら何とか無事に目的地に辿り着くことができた。

 デビューが最悪だったこともあり、その後3日位高速に乗ったが、初日よりはマシになったし、今のところ特に問題なく走れている。ただ、高速に乗る少し前から降りる時まで子供達には決して話しかけないように厳重注意してあるので、車内には重苦し~い空気が漂う。

 緊張しすぎて運転するのも返って危ないと思うので、早く慣れなければ・・・と思っている。

 英語の学校はあと3週間続く。

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サウスストリートシーポート

 サウスストリートシーポートに行ってきた。サウスストリートシーポートは19世紀に港として栄えた場所が再開発されたところで、今ではおしゃれなお店やレストランが並ぶ観光スポットになっている。日本で言えばお台場のような感じかな?

 昨日は土曜日とあって、たくさんの人で賑わっていた。大道芸人があちらこちらに人垣を作っていた。人形のように固まってたかと思うと急にロボットのように動き出す人、体がグニャグニャにやわらかくて信じられない体勢でダンスをする人、お皿を回す人、自分のCDを前に置いて歌う人など、様々な芸人が観光客を楽しませていた。

 特設ステージでは、10人ぐらいの若者がアメリカの歴史を歌った歌と踊りを披露していた。ちょっと太っていたり、ダンスがあまりプロっぽくない人もいたけど、歌は皆上手かった。結構もりあがって、手拍子をしたり身体を動かして、楽しいひとときが過ごせた。

 その後、昔住んでいたグリニッジ・ヴィレッジに行って、オープン・カフェで早い夕食をとった。ヴィレッジは、やっぱり大好きな場所だ。何と言っても入り口に数段の階段があるブラウンストーンの家並みは美しいし、人々がのんびり、楽しそうにしている。特に今の季節が最高だ。ビレッジでは暖かくなるとカフェやレストランがいっせいに外に机や椅子を出しはじめ、何とも楽しい雰囲気になる。老若男女、勝手気ままに生活を楽しんでいる感じがする。

 今住んでいるところからはちょっと遠いけど、この雰囲気を味わうためにも、ちょこちょこ行きたいと思う。 

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楽器

娘達が夏休みの活動として、週一回、楽器の個人レッスンを受けることになった。長女はエレキギター、次女はトランペット。先週それぞれ第一回目のレッスンを受けた。

 次女は先生の言っていることがほとんどわからないので、私がピッタリくっついて通訳をした。長女は、英語を聞くことがかなり出来るので、一人で受けさせた。

 どっちの先生もとても丁寧に教えてくれて、しかもたくさんほめてくれたので、二人ともとても楽しかったようだ。

 ギターの方の先生は、エドガー・ウインターやジョージ・ベンスンといっしょに演奏したこともあるという凄い人で、色々なスタイルのギターを弾いて見せてくれたらしい。
 長女は日本に居たら高校からバンドをやるつもりだったと言っていたし、エレキギダーにとても興味を持っていた。実はわたしも大学時代にバンドでエレキベースを弾いていた経験があるし、今でも機会さえあればバンドを組みたいと考えているので、長女の気持ちはよくわかる。ただ、私もそうだったように、エレキギターなんて、ロック小僧が音楽を聞きまくって、見よう見まねで覚えていくものだと思っていたから、日本に居たら習わせたりはしなかったと思う。だけど、他に行きたいサマーキャンプもないし、英語を使う機会にもなるし・・・ということで始めることになった。

 2人とも新しいことに挑戦するということで、とてもうれしそう。次女のトランペットは秋からの学校の授業に役立ちそうだし、長女のギターも少し上手くなったらクラブ活動にもつなげられるかもしれない。

 さすがアメリカ!!と感じたのは、家でトランペットを思い切り吹いていても、外にはあまり聞こえて来ない。日本だったら多摩川の土手かなんかに行かなきゃならないのにね。

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