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バタバタママのNY日記

夫の転勤のため2人の娘と2回目のNY暮らし。マンハッタンで気楽に過ごした前回と違い、教育問題を抱えて今回はちょっと大変かも・・・。

ポルトガル

 長女のミュージック・フェスティバルを追って、ポルトガルに行ってきた。長女に持たせた携帯も主人の携帯も調子が悪くて連絡がなかなか取れなかったこともあって、精神的には、かなり辛い旅行となった。

 まず初日。朝、ポルトに着く。初めはポルトのホテルに2泊して観光してから長女のいるViana do Castelo に行く、という日程を組んでいたのだが、長女はその日だけはOffの日で練習も何もないというし、私はあまりにも長女のことが心配だったので、ポルトのホテルをキャンセルして、すぐにでもViana do Casteloに行ってしまいたかった。

 「大丈夫だからポルトを観光しよう」という主人と揉め、結局歩み寄って、初日に日帰り(片道電車で1時間半)でViana do Castelo に行って、長女が大丈夫なことが確認できたらその後ポルトをゆっくり見よう、ということになっていた。

 ところが、空港から電話をしても、長女と連絡がとれない。現地の責任者に電話をしたら、「みんなで海に行った」という。私たちが発つ前の電話で「そっちに行けても午後だし、皆との予定があるならそれを優先して良いよ。」と言ってあったのだが、結論が出なかったので、その日の予定は着いた時に電話で決めれば良いや・・・と思っていた。それが連絡がつかないとは・・・。夕飯に会える保証もないし、そのためだけに時差ぼけの次女を連れて片道1時間半の電車で往復するのも大変だし、ということで、ポルトにとどまる事にした。

 行かないということだけでも伝えられないかと、長女の携帯に電話やメールを入れ続けるも繋がらないので、観光もちょっと上の空。それでも、ポルトの古い町並みを少し見て回ることが出来た。

 ホテルに着いた後、時差ぼけでベッドで寝入ってしまった次女をおいて、主人と二人でお昼ご飯を食べに出かけた。大衆食堂といった感じのお店で何人かの人が食べていたので入ってみることにした。

 ウェーターが来たので、メニューを頼むと、無いという。英語はまるで通じないので、説明してもらうこともできない。お互いに困ってしまったが、何とか一生懸命聞いてみると、“魚料理”と“肉料理”の2種類しかないようだ、というのがわかって、二人とも魚料理を頼んだ。いつの間に覚えたのか主人が「アクア・コン・ガス(炭酸水)」と言うと、通じた。あと、周りの人を見ながら、主人はビールを頼むことにも成功した。出てきた料理は、魚のピカタとサラダと付け合せのライス。ちょうど良い味付けで、とてもおいしかった。

 食後はホテルに戻り、熟睡している次女を無理やり起こして、バスに乗って、町の中心部に行った。この辺は古い街並みがそのまま残っている所で、彫刻が施されたり、アズレージョと呼ばれる絵タイルを張った美しい建物があっちこっちにある。
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 中でも印象に残ったのは、サン・ベント駅の構内。四方の壁には、約2万枚のアズレージョでポルトガルの歴史が描いてある。青と白のタイルがとても美しい。


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 その他、ここで特徴的なのは、カフェの多さ。あっちこっちにカフェがあって、皆、外に並べてある机と椅子で、お茶やお水を飲みながら、楽しそうに話をしている。私たちもカフェで一休みした。

 その後、坂の多い街を更に歩いて、ドウロ川の方に出た。川沿いには観光客相手と思われるレストランがたくさん並んでいる。ガイドブック片手にレストランを選び、「マリーナ」というところで食事をした。時間が早かったので、海が見える一番良い席に通された。そこで、Vinho Verde (ヴィーニョ・ヴェルデ)という、完熟前の若いぶどうから作った、アルコール度の低いワインを飲んだ。さっぱりしていて、とてもおいしかった。びっくりしたのは、“つきだし”のような形で、茹でたえびが山盛りで出てきたことだ。これがすっごくおいしかった。あと、魚介類の料理を中心に頼んだのだが、どれもこれもおいしくて大満足。特に蛸のグリルがやわらかくて絶品だった。

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            ドン・ルイス一世橋

 食後、ホテルに戻ると、長女からのメッセージが入っていた。夕食を一緒に食べられると思って夕方かけて来たらしい。可哀想になって、すぐに電話してみてもやはり携帯に繋がらない。現地の責任者に電話したら留守電になっていたので、メッセージを残した。その後、ホテルでインターネットを借りて、“もう夕飯もすませ、ホテルにいること”、“次の日はポルトに一日いて、その次の日にViana do Castelo に行くこと”、“ホテルに電話をして欲しいこと”をメールし、部屋で心配しながら待っていた。

 中々連絡がつかず、心配が膨らんでどうしようもなくなったところに現地の責任者から電話があり、「彼女はだいじょうぶよ」と言われて、少し気持ちが落ち着いた。そこへ、やっと、長女から電話がかかってきた。

 海から5時頃帰った後、食事をし、その後、コンサートに行っていたらしい。「こっちは大丈夫だから、ママ達は観光して!せっかく来たんだから・・・。」などと言う。話をして、やっとホッとすることができた。これで明日はゆっくり観光できそうだ。




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ミュージックフェスティバル in ポルトガル

 長女が、2週間のミュージック・フェスティバルに参加するため、ポルトガルに旅立った。

 長女がこちらでピアノを始めて間もなく先生から誘われたときは、冗談かと思った。長女が、ピアノを弾くためにポルトガルまで行くなんて、夢にも思わなかった。ところが、外国でのミュージック・フェスティバルが魅力的に映ったのか、本人が行くと言い出した。私としては、一人旅もしたことがない子をいきなり外国に出す、なんてことは、あまりしたくななかったのだが、本人がすっかりその気だし、もしかしたら、一生に残る思い出になるかもしれない、と行かせる事にした。

 しかし、出発が近ずくにつれ、心の中が騒がしくなった。飛行機は大丈夫だろうか、一人で通関できるかな、ちゃんとお迎えのバスに乗れるかしら・・・長女の支度を手伝いながらも、心配が次から次に出てくる。長女も、口には出さないが不安はあったようで、何だかいつもと様子が違う。やたら優しくなったり、甘えたりと、とにかくいつもの長女じゃない。そういうことをされると、こちらもさらに不安になる。

 何だか辛かったけど、とにかく、フェスティバルの会場に着いてしまえば一安心だろう・・・と思ったのが大間違い。

 まず、飛行機で着いた後、未成年だということで、もう一人の未成年の子と一緒に空港で足止めされたらしい。未成年が一人旅をしてはいけないということはなく、しっかりした受け入れ先があれば良い筈なのだが、なぜか、いろいろ調べられ、2時間も待たされたらしい。解放されて、ホッとしたのも束の間、今度は、荷物が見つからず、荷物が出て来次第送ってくれるということで、迎えのバスに乗ったらしい。

 長女は、すっかり気落ちしているし、周りの人が頼りにならない感じで不安そうだったので、こっちからも空港の遺失物の係りに電話したりして大変だった。学校に着きさえすれば大丈夫、と思っていた私は、調子が狂ってしまい、体調を崩してしまった。頭痛がして、気持ちが悪くなり、その上、お腹の調子まで悪くなり、半日寝ていた。

 3日後、無事に荷物も届いて、これで大丈夫・・・と思いきや、まだまだ私の心の平静はやってこなかった。長女との電話で、「夜中の12時まで皆と外の公園で遊んでいた」なんていう話を聞くと、やっぱり心配になってくる。

 そもそも、このフェスティバルは、長女の先生の教え子の子達もたくさん来ていると聞いていたのだが、小さい子達は家族が連れてきているし、寮に泊まっているのは、長女の年代が最年少で、それも、数人しかいないようだ。あとの人たちはもう少し年上の人ばかりらしい。

 パンフレットには、「寮には鍵がかかっていて外からは入れない」とか、「16歳以下の人は担当のカウンセラーの許可無しには外出できない」とか書いてあったのに、どっちも違うみたいで、そもそも、担当のカウンセラーなんていないらしい。

 「私がいるから大丈夫よ~!」なんて言ってた先生も、マメに面倒を見てくれているわけではないみたいだし、以前先生の発表会で知り合った参加者のお母さんで、全日程現地に行っている人も「私がしっかり見ていてあげるから安心して!」と言ってくれて、私は涙が出そうになったのに、長女は未だにその人と会ってもいないらしいし・・・。とにかく誰も頼りにならない!!

 こうなったら、長女にしっかりしてもらうしかない。電話やメールで私の心配を伝え、ちゃんとするように諭してはいるけど、やっぱり、どうやっても心配。この気持ちは、長女に会って、じっくり話を聞くまでは消えないだろう。

 実際には、長女は、少しホームシックになりながらも、何ということなく過ごしていて、真面目にピアノの練習をしたり、上手な人の演奏を聞いて感動したりしているのだと思う。そうは思っていても、やっぱり心配しちゃうのが母親かな。

 もうすぐ、私たちも、ポルトガルに出発する。今年の夏の家族旅行をポルトガルということにして、フェスティバルの近くで観光をし、フェスティバルのコンサートを聞いたりして、その後、長女と一緒に帰ってくる予定だ。

 何事もなく無事にフェスティバルが終了して、一緒に帰ったら、やっと私の心の平穏も取り戻すことができるだろう。その時は、娘も私も少し成長しているに違いない。それまでは、じっと耐えなければ・・・。

 あ~、親ってつらい!!


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サマー・キャンプ

 次女が、地元の市のレクリエーションセンターが運営するサマー・キャンプに行った。毎日通うデイ・キャンプで、本来は、6週間のキャンプなのだが、申し込みが遅かったせいもあって、2週間だけの参加となった。

 次女の夏休みの過ごし方については、随分前から考えていて、私としては、せっかくだから、アメリカ人が行く泊まりのキャンプに2週間くらい行ったらどうかと思っていた。学校では、あまりにも日本人が多すぎて、なかなかアメリカ人の友達が出来ないし、家族には英語でしゃべったりしているのに、外に出るとアメリカ人に思ったことをどんどんしゃべる、ということがなかなかできないようだったので、それを打ち破るきっかけにして欲しかった。(アメリカ人の友達が欲しいな・・・なんて時々つぶやいていたし)

 ところが、本人がどうしても行くとは言わなかった。日本人用の泊まりのキャンプに、しかも友達が行くなら行く、と言っていた。まあ、こういうことは、無理強いしてもしょうがないし、本人のしたいようにさせよう、と思っていたら・・・友達が行かなかった。

 困って色々探していたら、日本人の知り合いが、「去年、娘が市のサマーキャンプに行ったら、楽しかったし、学校の友達が増えた」というのを聞いて、本人に勧めていたら、少しずつその気になって、行くことにした。

 このキャンプが、本当に盛りだくさんだった。地元にいるときは、ロック・クライミングにプール、ボーリングに行ったり、バスケットボールやクッキングクラスで楽しんだりしたようだ。遠くまで行く時もあって、ヤンキースのゲームを見に行ったり、ブロンクスの動物園、その他、何と、バスで片道3時間かけて、ボストンの軍艦の博物館に行ったりした。

 全く友達がいないのに一人で参加したし、次女が参加したのは3週目からだったので、すんなり皆の中に入っていけるか、最初は少し心配だったけど、結構、楽しかったようだ。

 家で話している時のような英語でアメリカ人の友達に話をすることが出来たらしい。大好きなテレビ番組の話をして、皆でセリフを言い合ったりして、楽しく過ごせたようだ。同じ学校のお友達もたくさんいたので、秋に学校が始まっても、友達づきあいができるかもしれない。

 やはり、日本人といる時の方が自分を出せて心地良いようだけど、今回、アメリカ人といろいろな話ができて、お友達になれたということは、すごい収穫だと思う。ちょっとした壁を打ち破れたような気がして、親として、とてもうれしかった。この調子で、秋になったら学校でたくさんのアメリカ人の友達が出来ると良いな。

 

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