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バタバタママのNY日記

夫の転勤のため2人の娘と2回目のNY暮らし。マンハッタンで気楽に過ごした前回と違い、教育問題を抱えて今回はちょっと大変かも・・・。

バック・トゥー・スクール 2007

 長い夏休みが終わり、子供達の学校の新年度が始まった。学校が楽しくないわけではないと思うが、新しい科目、先生に慣れるには時間がかかるし、何より、毎日宿題に追われる生活が始まるかと思うと、親子ともどもちょっと憂鬱。
  
 次女の通うミドルスクールにはチームというのがあって、7年生は、3つのチームに分かれている。クラスというのはなく、子供達は、それぞれ違う時間割でバラバラに動くのだが、各チームの子供達は、コア科目(国語、算数、理科、社会)は共通の先生に習う。

 昨年は、次女は英語がほとんどわからず、同じチームの日本人に、授業のわからないことを聞いたり、言いたい事を言ってもらったり、随分助けてもらったらしい。

 ところが、今年は同じチームに日本人が一人もいない。学年に日本人が20人近くいるのに、だ。その上、ランチの時間も日本人が全くいない場所を指定されてしまった。日本人の中にどっぷりつかって、ワイワイやっているのが楽しくてしょうがなかった次女にとって、これはショックだ。

 ランチだけでも変えてもらおうと、学校に電話したが、「一人の希望を聞いたら皆が変えたくなってしまうから・・・」とすぐに却下された。

 でも、考えようによっては、英語もかなりわかってきた事だし、「この辺で、日本人一人の環境におかれるのは、かえって良いことなんじゃない?」などと言っていたら、本人も少しずつその気になってきて、今では前向きに頑張っている。

 先週、そのミドル・スクールで、バック・トゥー・スクール・ナイトがあった、前にも書いたが、これは、夜、親が自分の子供の時間割どおりに教室を回って、各教科の先生に授業の話を10分ずつ聞くというイべントだ。ほとんどの親が出席する。夜なのでお父さん達もたくさん来る。

 主人は仕事でいけなかったし、コアの科目では、日本人が一人だけなので、少し寂しい思いをした。その上、社会の時間では、紙を渡され、「ご両親の中学時代に習った歴史を一つ書いて下さい。」と言われた。しかも、記名しろと言うのだ。ちょっと、戸惑った。日本で習った事を書いてもしょうがないし、今年はアメリカ史をやるみたいなので、Boston tea party とか、思いついた事もあったのだが、隣の人を見ると、何だか長~い文を書いていたので、よくわからなくなってしまった。次の日の授業の時に、次女が私の書いたことで恥をかくといけないし・・・と思い、紙を提出しないで持って帰ってきてしまった。

 次女は、こんな思いを毎日しているんだな~、と思うと、少し可哀想になった。本人は、あまり気にしている風でもないんだけど・・・。

 7年生になると、さらに勉強が大変になるらしい。早速、毎日の宿題に加えて提出期限のあるプロジェクトも出され、次女は睡眠時間を削りながら何とか頑張っている。慣れるまではしょうがないかもしれないが、一日も早く要領を覚えて、睡眠時間を確保できるようにしてほしい。私も、主人と協力して、宿題を見てあげたり、必要ならば先生とコミュニケーションをとったり、出来る限りのサポートをして行かなければ。


 

 

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ポルトガル part3

 3日目。前夜寝る時、明日の朝食にはミモザを飲んで、今日おいしかったメロンをたっぷり食べよう…と楽しみにしながら寝たのに…何と、寝過ごしてしまった。起きたら12時!! チェック・アウトの時間を一時間延長してもらって、予定していたViana do Castelo 行きの電車も遅いのに変更した。

 電車に乗る事約2時間。やっと、長女のいるViana do Castelo に着いた。ホテルは、駅のすぐ近くにある、こじんまりした綺麗なホテル。長女の寮にも学校にも歩いていける距離だ。

 さっそく長女に会いに学校に行ったが見当たらない。コンサートに手伝いに行っているはずと聞いて会場に行ったが、コンサートは予定より早く終わっていて、すれ違いになった。そこで現地の責任者に会い、長女の所在を聞くも、知らないという。寮ではないかということで場所を教えてもらった。

 寮に行ってみると、ポルトガル人の警備員に英語が通じないので、近くにいた学生らしき人に通訳してもらって、何とか長女の部屋に行く事ができた。部屋に行くと、長女は不在でルームメイトはお昼寝中。練習をしに学校に行っているのではないか、ということで、主人が再び学校へ行き、やっと長女に会え、夕食を一緒にとることを約束してきた。

 久しぶりに長女に会い、今までどんな事をしてきたのかを聞いた。たくさん練習して、たくさんコンサートを聞いて、そして・・・たくさん遊んだらしい。お友達もいっぱい出来て、とにかく楽しくしているようだ。本人を目の前にして、あれこれ聞いて、少し安心した。

 その後、ジャズのコンサートを聴きに行った。行った時は、もう、終わりの方だったが、2,3曲は聞く事ができた。演奏していたのは、日本から来たフェスティバル参加者で、アメリカ人の先生と日本人の生徒達、それにロスから参加していたアメリカ人の生徒、という組み合わせのグループだった。長女は、その人たちに色々お世話になったらしい。

 コンサートの後、海の方まで行って、カフェでアイスクリームを食べた。驚いたことに、夜中の12時頃だったのに、たっくさんの人がいて、まるで昼間のようだった。子供連れの人たちがお菓子を食べていたり、若者達がお酒やお茶を飲んでいたり、4人乗りの自転車に乗って歓声を上げている人たちまでいて、皆とっても楽しそう。長女が夜中に公園で遊んでいたと言っていた意味がやっとわかった。何という所だ!

 その後、長女を寮に送り届けて、ホテルに帰った。充実した楽しい時を過ごしているようで安心した・・・筈だったが、ベッドに入って考えていると、やっぱり心配になってしまった。そういえば、寮に送った時、長女は、一旦建物に入りかけて、お友達に声をかけられて戻ってきて話をし始めた。それも見ながら、私たちは帰ってきたのだが、あれからまた遊びに行ってはいないかしら・・・などと考えると、とても心配になってしまった。

 そのことが頭に残って、なかなか寝付けなかった。次の日も、携帯電話では連絡がとれなかった。ホテルに電話をしなさいと言ったのにかかってもこないし(実際にはホテル側のミスでメッセージが残っていなかったのだが・・・)、私の心配はどんどん大きくなって行った。フェスティバルの大人で、参加者の行動を把握している人が一人もいないのだから、誰かが行方不明になったとしてもわからないだろうし・・・。心配は、止まるところが無いほど沸いてきた。夕方、連絡が取れるまで、観光どころではなかった。

 とにかく、Viana do Castelo にいる間中、これの繰り返しだった。長女は本当にマイペースで、朝からピアノの練習をたくさんして、レッスンを受け、時にはお昼寝をし、夕方から夜は友達が出演するコンサートを見に行き、夜中から、友達とカフェなどに遊びに行く、という生活をしていた。日程の最後の方では、本人もロングドレスを着て、コンサートでピアノを弾いた。

 こんな生活、私だって若い頃、してみたかった。アメリカ、ロシア、スペイン、日本、ポルトガル、世界各地から来た、音楽を勉強する人たちと一緒に生活し、遊び、いろいろな事を話し、その友達が、夜のコンサートでは、オーケストラやチェンバーミュージックなどで、素晴らしい演奏を披露してくれる。いろいろな意味で刺激になったと思う

 だけど、私にとっては・・・本当につらい一週間だった。本人に会って話をすると、納得して安心した。だけど、そばにいないと、途端に心配になった。ちゃんと寮に帰れただろうか、お酒など飲んでいないだろうか、大人の中に混ざって、誘惑なんかはないだろうか・・・心配しだすときりがない。長女にこういうことを注意しておけばよかった、あんなことも言っておくべきだったなどど、考え出すと、夜、眠れなくなった。

 それでも、夜遊びをやめろとは、言えなかった。友達といろいろな事を話して、仲良くなって、得るものもたくさんあるようだった。私たちが行った途端、それを台無しにしたくなかった。

 とにかく、何事もないようにということと、本人がしっかり考えている事を祈っているしかなかった。早く、この旅が無事に終わりますように・・・という気持ちだった。

 結果的には、今回のフェスティバルは、長女にとっては、良い経験だったのだと思う。友達とは、今も時々連絡を取り合っているようだ。現地で色々なことを皆で話して、考えるところもあったようだし、英語も上手くなって、少し自信もついたようだ。今でもViana do Castelo に帰りたい・・・などと時々言っている。

 だけど、来年も行きたい、と言われたら、私は行かせないと思う。ちょっと年が若すぎた。今度行かせるなら、大学生になってからかな。とにかく、私の身が持たない。

 このフェスティバルは、パンフレットに書いてあった事とは様子が違い、皆を監視し、指導するような人は全くいなくて、スケジュール管理から何から、全て参加する個人個人に任されていた。15,6歳の子達も結構いたらしいのだが、皆、大人として扱われていた感じだった。とにかく、本人がしっかりしなければ、何かに巻き込まれるリスクはあったように思う。参加者を大学生以上に限定するならともかく、若い子が参加する場としては、主催者として、もう少し責任を持って欲しかったと思う。

 長女にとってはかけがえのない経験ができて、本当に良かったと思う、だけど、他の人にはお勧めしないし、長女にも来年はもう少し年の若い人たち向けのサマーキャンプに参加させる事にしよう。




 

 



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ポルトガル part2

 長女の心配もなくなり、次の日は一日、ポルトをじっくり観光することにした。

 朝、ホテルのレストランの朝食をとりに行った。果物がたっぷりあったし、お料理も盛りだくさんで、とてもおいしかった。一つびっくりしたのは、何種類かのジュースと一緒に並んでいたのは、何と、シャンペンだった。「オレンジジュースとまぜて、ミモザがつくれるね。」と主人と喜んだ。よく見るとブラディー・メリーも作れそうだった。とっても魅力的だったけど、気がついたのは食べ始めてからだったので、次の日の楽しみに取っておくことにした。

 前日と同じようにバスに乗って歴史地区へ。今日は、ホテルでもらった、全ての交通機関で使える一日券を使ったので、バスでピッとそれをかざすだけで乗れて楽だった。

 まず初めにグレゴス教会を見た。バロック様式の建物はとても立派で、中の装飾も美しかった。
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 教会の中を見た後、隣の塔に上った。225段の階段を上り、76mの頂上に到着すると、世界遺産に指定されている古い街並みが見渡せる。
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 飛行機から見たときも思ったのだが、ここでは、屋根の色が決められているのか、どこの家の屋根もオレンジで、上から見ると、とても美しい。

 次に、リベルダーデ広場へ。広場の両側に並んでいる建物はには、銀行が入っていたりするのだが、凝った彫刻などが施してあって、とてもきれいだ。

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 広場のあっちこっちにあるカフェの中から一つを選んで一休みした。そこで、ちょっとした事件があった。私たちの隣の机に座っていたおじいさんが、ウェイターと何か話しているな~と思ってたら、だんだん声の感じが変わってきて、「言い争っているのかな・・・」と思い始めた次の瞬間、つかみ合いの喧嘩が始まった。ウェイターが振り上げていたお盆が私たちの机に飛んできて、瓶やコップが割れてしまったので、私たちは即座に避難した。その後、興味深かったのは、カフェにいた男の人たちが、すぐに止めに入ったことだ。何人かの人が、それぞれの言い分を聞いたりしていて、何となく、ポルトガル人気質を見たような気がした。

 次に行ったのは、ボルサ宮。19世紀に建てられた証券取引所で、経済裁判所や会議場などがあり、ポルトの商業組合の中心だったそうだ。現在でも、ポルト商工会のオフィスとして使われている。中を案内するツアーに参加した。これが本当にすごかった。石で出来た階段には彫刻が彫ってあるし、床は部屋ごとに模様の違う寄木細工で出来ている。シャンデリアなど、装飾品も豪華なものばかり。「どれだけお金があったんだろう。」と思わずにはいられない。特にすごかったのはアラブの間。アルハンブラ宮殿を模したということで、アラブ風の細かい装飾が壁一面に施されていた。

 昼食をはさんで、ボルサ宮の隣のサンフランシスコ教会へ。14世紀に建てられたゴシック様式の教会だ。中はどこもかしこも金箔の装飾で覆われていて、その豪華さにびっくり。

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 この辺で、時差ぼけの次女がグロッキーになった。私としては、まだ、ドウロ川クルーズとか、路面電車に乗るとか、やりたいことがあったのだが、とても観光を続けられそうに無かったので、バスに乗ってホテルまで帰ることにした。今度は、敢えて、海の方を通るバスを選んで、ビーチなどを見ながら帰った。

 夜は、またきのうの川沿いのレストラン街に戻り、またたっぷり、ポルトガルの海の幸を堪能した。  


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