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バタバタママのNY日記

夫の転勤のため2人の娘と2回目のNY暮らし。マンハッタンで気楽に過ごした前回と違い、教育問題を抱えて今回はちょっと大変かも・・・。

アメリカ式の勉強

 こっちの勉強と日本の勉強は、色々な点で違う。たとえば国語。ミドルスクールでは、いわゆる教科書というのはなく、一冊の本を少しずつ読んでいく。三日で3-4章くらい読み、わからない言葉を調べ、ノートに要約してくるという宿題が出て、何週間かで一冊を読み終える。その後、本の内容を表したポスターを作ったり、漫画を描いたりして、最後に内容に関するテストがある。

 次女のクラスでは、こうして一冊の本をクラス全員で読むことと、それぞれが先生のリストの中から図書館で好きな本を選んで一定の期間で読み上げる、ということを交互にやっている。

 今まで何の疑問にも思っていなかったが、日本の国語の時間では、本の一部しか載っていない教科書を読むだけで、一冊全部読む、ということはやったことがなかったな~。それは、生徒に色々な種類の文学に触れさせたり、一定の数の漢字を覚えさせたりするには、しょうがないことなのかもしれない。

 だけど、良く考えてみると、日本の国語の授業の様に、一冊の本のほんの一部だけをみんなで読んで意見を出し合っても、その本を理解したことにはならないんじゃないかな。色々な制約を考えると、そればかりやっているわけにもいかないのかもしれないけど、せめて、一年に一冊でも良いから、一冊丸々読む、ということをやったほうが良いと思う。

 他にも違うのは、どの科目でも“書く”ことが多いこと。理科の宿題は、「遺伝子とは」とか「細胞とは」などのとても概念的な文を読んだ上で、10問くらいの問題に答える。その時の答えは一言ではいけなくて○○が△△なのは何故か?という問題には、○○が△△なのは、□□だからだ、ってな具合に、フルセンテンスで答えなければならない。

 社会でも、言葉の意味や歴史上の意義についての問題にフルセンテンスで答えていく宿題が出される。この時に注意しなければならないのは、教科書やプリントの丸写しは絶対ダメ、ということだ。ちょっとした短い文でも、いちいち自分の言葉に書き直さなければならない。

 この、“丸写しはダメ”ということは、小学校の頃からみんな、頭に叩き込まれているようで、とても徹底している。「こんな小さいところなんだから良いじゃない」と私が言っても、子供は何が何でも書き換える。ちょっと言葉を変えることに何の意味があるのかな、なんていう気もするけど、丸写しをしないことが大事なんだということをわからせるには良いのかもしれない。

 ハイスクールにもなると、生徒が提出物にどこかから文章を盗用したことがわかると、その宿題の採点は0になり、先生と親を交えてそのことに関する話し合いが行われるということが学校のハンドブックに明記されている。

 どこからか、文を引用する時は、当然だがそのことを明記しなければならない。参考文献の書き方も色々あって、そのことについて書いた本も色々出ている。ミドルスクールでは、インターネットで調べ物をして、出所を明記するやり方の練習のような宿題もあった。

 アメリカはフェアであることをとても大事にするから、こういうこともキチンとしているんだな。せっかくだから、子供達も、その辺をしっかり身に付けてくれると良いなと思う。

 
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コメント


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一冊の本を読み終えてからのレポートね。 そんな事してるんだねミドルスクールで。 私は読書をする子でなかったので、国語の授業を通して、さわりだけでも色々な本があると教えてもらったのは良かったと思っている。 特に、古文なんて、国語の授業で教えてくれなかったら自分で本を開く事なんてなかっただろうと思うし。 一冊のたった1章や抜粋であっても、沢山の本に触れると言う意味では私には良かったかなあ。

レポートの引用文だけど、厳しいよね。 私も大学の研究レポート等で、引用の仕方を習ったなあ。 自分の言葉に直して書くって良いことだよ。 10人居れば、意見が違って当然だし、何故自分はそう思うのかって自己主張する。 大切なこと。 この部分は身につけてあげたいね。

ys | URL | 2007年02月10日(Sat)02:33 [EDIT]